忘れないうちに、世の中との共同作業をきちんとまとめておくページ
2003年ぐらい以降の成果物を記録していきます
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中谷礼仁

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推薦・「お前、××も使えなきゃダメよ」『10+1』特集グラウンディング・2006年3月

昔々、10年以上も前、当方のトラウマになったというか、方向性を急展開せざるを得なくなった建築家・石山修武氏からの一言がありました。氏はもう全然忘れているでしょうが。いわく、

「お前、歴史も使えなきゃダメよ」と言われたのです。

その端的な言葉は、当方の研究作業の性質を変えてしまう力を持ってしまいました。この言葉は様々なレベルで感じ取ることが出来ます。その言葉を聞いたのは当方が明治時代の建築界の観念論の布置を再構成しようと思っていた時、そのどん詰まりにあって、彼の言葉は彼が思う以上に当方に大きな意味をもたらしたのでした。当方は博士論文のテーマを急展開させました。
つまり歴史学というのは何かを確定する作業であるにもかかわらず、その作業が将来へと通じる「転用される質」をも供えていなくてはお話にならないと思ったのでした。それが「使える」という言葉の核心ではないだろうか。それ以来当方は自分の作業が未来の時間に対して幾許かでも「使っていただける」ことを念頭に行動してきたつもりです。そのとき通常は観念論の範疇に入れられる作業であっても、それはしっかり他者へと影響を及ぼします。

さて前置きが長くなりましたが、今回の『10+1』No.42 特集グラウンディングは当方が寄稿しているいないにかかわらず、そういう優秀な使える書物の完成だと思います。



まずは特集とは別ですが、田中純氏の「犬の街」。最近、ちょっと短めだなと思っていたのですが、今回の冴えはすばらしい。パサージュをゲートへ、ゲートを通過儀礼へ、通過後に至る未知の時空間と森山大道の写真についてという流れ。つまり著者は、定義をなし、しかしそれを止めることなく、奥深い連想へと私たちを引きずり込みます。自らを使い倒せる勇気と力量、これを感じるとき人は心動かされるのだと思います。すぐれた論は一つの論で自らを2、3回転用しているというのが当方の持論です。ちなみに田中氏があげた三つの門の写真は、《ことの次第》によっては当方の論考であげた三つの門ともシンクロできそうです。気持ちがよい。
そして特集ですが、まずはテクニカルな面でキチンとカラーページの使い方が効果的であった今回のような編集は実はなかなかないのではないのではしょうか。すんごい乱暴に言うと(それはまだ僕がまだ今回の諸論をきちんと読みこなせていないことに起因しているのですが)、地図と言う本来は持つことのできない「鳥の目」と街を徘徊する別次元の目を、現在のテクノロジーでかなりの精度で容易に入手し、それを様々な命題の立て方によって解析化できるようになった現状(僕もKashimir3Dという話題のソフトを手に入れんがためにウインドウズ環境も手に入れました)にたいして、素直に、実直にその使い方の可能性と効用を示唆している点がとてもいいのです。
いずれにせよこれらはアンドレ・ルロワ・グーランが以前に提起した「鳥的視点」と「狼的視点」という旧来のパラダイムに端を発していますが、そこまででとまらずに、ここまでできる、まだできると手法を開示してくれた点はありがたい。早速盗みます。
ここでもいろいろ盗めます。→石川初さんのブログ

たとえば昔、今和次郎が『日本の民家』という本で、単に民家の紹介のみならず、その民家を成立させている一つの敷地全体の図を挙げていました。当方はこういう方面での民家研究はその後ほとんど顧慮されなかったと思います。しかしひとつの家はそのような関係性のネットワークから現れてきたある徴です(今和次郎はそれを当時地理学者から教わったのです!)。その徴の背景の関係性を現在のテクノロジーを用いて再び可視化できるような作業を当方は行ってみたい。なぜなら今和次郎がその絵を書いた88年前になした作業が、僕にとって「使える」一つのイメージになったこと。この事実を根拠として、次は自分たちの世代が未知の88年後に対しての作業を行うべきだと思っているからです。
やや長文かつ取り急ぎの感想でしたが、また何か気づいたら書きたいと思います。

- 2006年03月28日 - 戻る -
注目の告知
●鹿島出版会から拙著『セヴェラルネス 事物連鎖と人間』が公刊されました。表紙装丁を、岡崎乾二郎さんにご担当いただきました。綺麗です。ぜひ公刊の際はお手に取っていただければ。序文は田中純先生です。

セヴェラルネス


「批評の真髄はどこにあるのか。歴史と理論を踏まえつつ、徹底的に現状を分析すること、必要とあれば時空や知の領域を自由に行来しながら、広い意味でのコンテクストを明らかにしてみせること、そこにこそ批評の意義は求められるべきであろう。建築の分野でそのことをわたしたちに教えてくれたのは、そのあまりにも早い死が惜しまれる「ヴェネツィア派」の論客、マンフレード・タフーリであった。そして、中谷礼仁の本書が幸運にもまた、あらためてそのことをわたしたちに気づかせてくれた。
岡田温司未來社『未来』2006年7月号

注意深く、丹念に書かれた文章ながら、なんかこう、新鮮で生き生きとして見えるのは、おそらく著者自身の「驚き」を伴っているからだろう。また、本書全体に通底している、著者の「連鎖する事物」への(中略)畏敬の念には心を打たれる。自覚的に何かを作ることを志しているつもりの、私たちの多くに欠落しているのは、すでにある事物へのこうした態度なのだった。」
石川初TENPLUSONE WEBSITE

「現在の建築論や都市論には関係者の当を得た解説が少なくないが、どうしてもここから先は当事者や専門家にまかせざるを得ない、という部分が残る。これらの書物は、たとえ子供向けに書かれたものでも、それゆえに難解なのだ。「強い」専門性の石を砕く「弱い」実際的思考に貫かれた本書は、だから分かりやすくなによりもおもしろい。
植田実雑誌『文学界』2006年7月号

「本書は、事物—つねに痕跡でしかない事物—に向かい合ったとき、言葉でなにをなしうるかを改めて教えてくれる書物でもある。本書と前後して邦訳が刊行されたエイドリアン・フォーティーの『言葉と建築—語彙体系としてのモダニズム』はちょうどこの、建築について語るということはなにをしていることになるのかという古くてつねに新しい問題を扱っているが、中谷氏の書物はまさにその問いに対するいくつかの回答を示したものである。」
山本貴光作品メモランダム

未來社『未来』2006年7月号に岡田温司さんによる共感あふれる書評をいただきました。(20060703)
TENPLUSONE WEBSITEにランドスケープ・デザイナー石川初さんによる書評が掲載されました。深い読みを自分の体験にも照らし合わせて書いていただきました。 (20060627)
雑誌『文学界』2006年7月号に植田実さんによる書評が掲載されました。次第次第に社会に理解されていただいているようでうれしいです。 (20060608)
作品メモランダムの山本貴光さんに的確かつ連鎖的な評をいただきました。 (20060216)

また口絵にはセヴェラルネスの思想を端的にかつ寓意的に語る歴史的な豪華写真群を掲載しています。60年代の幻の写真同人誌 『PROVOKE』 に掲載された高梨豊さんによる”あの写真”も、収録しました。高梨さんご本人によって注意深く選定された新プリントを大変な好意で借用させていただきました。ぜひご覧ください。




連載中
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●ワンダリング・セブンティーズ(新建築社『住宅特集』)→途中で終わり

●『日本の民家』再訪(瀝青会名義/季刊『住む。』
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たまになんとなく増えていたりして。リンクを張った報告していませんので問題があったらご連絡ください。
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『国学・明治・建築家』2007 WEB公開
過去のアーカイブ(より抜き)
2004年以降のものはmoduleに投稿しています。出来のいいものは掲載していただいております。

お台場公園の攻防 1995
すまいの先生 2001
現場日記 1997
バブル・震災・オウム教 1995
旧満州国の伊東忠太 1996
平内廷臣はいかにして日本建築を終わらせたか
1998
ステンレスのバケツ
1999
住まいは誰のものか
2001
内田百間「東京日記」論 1996
戦後建築史学の射程と現代建築史研究会研究の早急なる必要性
2001
亀裂の保存 中村達太郎『日本建築辞彙』を読む
2000
歴史の中のコンバージョン
2002
空飛ぶアーカイブ
2002
都市は連鎖する
2003
デ・レ・メタリカ(金属について) 2004
宇宙人とバラック 2004
歴史の合成に関するノート 2004
おれにやらせてくれ、ビリー  ガーデン・パーティーの奇跡(ビリー・クルーヴァー論) 2004
「1パーセントについて」『村野藤吾著作集』書評 2008
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最近の記事20
建築雑誌2010・7月号 No.1606『建築写真小史』届く
あまりにも緊急告知・滅多にない書容設計家 羽良多平吉の会/開催のお知らせ(有料)
緊急告知・日本建築学会会誌『建築雑誌』10月号 公開座談会―斎藤公男×中川 武×藤森照信
建築雑誌2010・6月号 No.1605『われらの庭園』届く
建築雑誌2010・5月号 1604『特集 BOSAI立国ニッポン』届く
講演会のお知らせ・Note on "fig-ness" of architecture, イチジクの葉っぱ建築論ノート・5月20日千葉大学にて
建築雑誌2010・4月号 1603『特集 〈郊外〉でくくるな』届く
瀝青会報告第八回・雪に埋もれる山の村の家その後・雑誌『住む』No.33
日本生活学会 第37回総会・シンポジウム・研究発表大会のお知らせ・2010年5月8日(土)
建築雑誌2010・3月号『ナイーブ・アーキテクチャー』届く
建築雑誌2010・2月号 1600記念号『特集 建築・有象無象』届く
設計演習A「役に立たない機械」『タモリ倶楽部』に登場しました。
建築雑誌2010・一月号『特集 検証・三菱一號館再現』届く
今和次郎のバラック写真集成『グラフィカ』No.3
瀝青会報告・浜辺のブリコラージュ(越後の舟小屋)
監修・『住宅建築』2010年1月号・白井晟一を探して -Constellation-
新連載・「イチジクの葉っぱ建築論」・雑誌『d/sign』No.17 デザインと編集力
論文・「ナンドの生産性−化モノ空間のための補遺」
中谷ゼミナールのポータルサイト、デザイン一新しました。
3年後ものこっていた・韓国ソウルの北村のゲストハウスの思い出・2009年9月27日
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