2008年 11月 21日 (金)
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建築史界のドナルド・キーン?・ジョルダン・サンド先生の講演会・2008年11月30日 |
自分の記録のためのブログだけれども、これは紹介せずにはおれない。

House And Home in Modern Japan: Architecture, Domestic Space, And Bourgeois Culture, 1880-1930 (Harvard East Asian Monographs)
という大著をモノしたジョルダン・サンド先生の講演会が京都であるらしい。招聘元は京都精華大学デザイン学部准教授の佐藤守弘先生。関西方面の方はぜひ行ってください。詳しくはhttp://web.kyoto-inet.or.jp/people/b-monkey/jsand.htmlを。
ジョルダンさんはですね。一言でいうと、「一言で言えない人」です。
日本語が僕よりうまい。
英語が出来る。
ヘンに通である(『東京人』あたりがノーマークなのは不思議なぐらいだ)。
8年ぐらい前にニューヨークで初めてお会いしたのであるが、その時のシンポジウムでは関西の「文化住宅」について、それもその特異なネーミングについて掘り下げるという、日本の研究者も真っ青のマニアックな内容で、かつそれを「文化」論に展開するわけで、宇宙にはこういう人もいるものかと驚いたわけです。
今日久しぶりにジョルダンさんからメールがきたら、実は今年の4月から東京にいるみたいで、僕の住んでいるところから500m離れていないところにおられることが判明。「お茶飲みましょう」ってメールしたら、帰ってきた提案場所は谷中の「カヤバ珈琲店」。もうなんというか。
2008年 11月 11日 (火)
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最終講演・先行形態と第三の男と解剖室・ウィーン造形大学・2008年11月11日 |

ウィーンについてから、やや体調を崩し、雨曇りのウィーンのホテルから窓を眺める。7日についたウィーンの夜は、まるでキューブリックのシャイニングにでてきた古いホテルのように、都市全体が生きていて、それも100年前から全然変わっていないかのようだ。こんなところで日本の建築の話をしても面白くなさそうなので、やはり都市の話をすることにした。レクチャー3の先行形態論である。
ネットサーフィンをしてみると重要なことを見逃していた。キャロル・リード監督、オーソン・ウエルズが怪演したサスペンスの名作『第三の男』は、実は戦後の瓦礫の中のウィーンを舞台にしているのだ。もしやと思い今一度映画を見直す。悪役のオーソン・ウエルズは神出鬼没なのだが、ようやくその秘密を刑事が突き止める。それはこの建物。

(やや長いので続く)
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2008年 11月 08日 (土)
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ロースハウスがそびえ立つ・ブタペストからウィーンへ・2008年11月7日 |

ブタペストのオペラ座前で売り出し中の紙が貼られていたシトロエンのDS。欲しいなあ。この車が良い状態でオペラ座の前で売られているというのは、一種現在のブタペストの「悪くない」状況を象徴していそう。
ブカレスト(ルーマニア)のあとは、ブタペスト(ハンガリー)へ飛んだ。二つの講演をこなして、7日にはウィーン(オーストリア)へ到着。雨にたたられたので、少し痛い喉をおもって、ホテルで静養中。
ブタペストでの活動を記録しなかったのは、宿泊したホテルのネット環境が当方のノートブックにどうしてもつながらなかったからであった。以降備忘録。
・ブタペストは今回の主催期間の国際交流基金の中欧本部があるところ。所長初めスタッフの方にとてもよくしていただいた。
・5日はKeK(ケーク)という現地の若手デザイナー主催の期間が講演場所。
・6日はブタペスト経済工科大学が講演場所。
5日に思ったこと。
ブタペストはブカレストの近現代史的な都市の惨状にくらべて大変落ち着いている。それに反比例して、同地の建築家たちの問題意識もブカレストより多少希薄。日本と少し似ているなと思った。「新しいデザインソースの紹介ならないよっ」って言ったら笑っていた。もののけ姫にでてくる「こだま(木霊?)」を例にだしてオバケの話をした。もちろんCRITICAL GREENISMの内容上必要だったのだ。
6日に訪れた大学は実は当方の所属する大学とも提携する現地大学で、学科ではなくて建築学部がある。今年で130年以上だそうだ。教育システムなどいろいろ見せてもらったが、ボザール流、バウハウス流からはじまり保存から新しいデザインまでとにかくきっちりつくり込む感じ。なんか似ているかも。学生の雰囲気まで似ていた。行儀いい。昔の早稲田の学生に似ていたのはブカレストの方であったが。1.5m上空を浮遊する霊についてさらに説明。
現地のスタッフの方々の手厚いホスピタリティにサポートされながら、講演の合間の午前中にスタッフのペーテルさんと動物園に行った。動物園の建物って面白いんですね。

激動の東西史に翻弄された中欧諸国では、19世紀末ぐらいからそれぞれの国の様式を求めるようになる。要はナショナルアイデンティティーというやつで、日本でも同様におこった。で折衷主義は様々なこれまでの様式を巧みにミッスクしてこれまでにない組み合わせを考えるのが一つの魅力だから、国家様式の創出には大変役に立ったわけだ。これも日本と同様。何故そんなことを動物園の前まで来て話しているかというと、当然そのような折衷主義の巧みさは、象さんのアイデンティティーを表現するにも長けているというわけで、動物園に行きたくなったのだ。

おーイスラム様式の象、カバさん用の建物だ。特にカバが元気がよすぎる。一緒に行ったペーテルさんによると「たぶんブタペストの温泉がいいからです」とのこと。そうなのだブタペストは有名な温泉地なのだ。確かにお湯の種類がとてもいいので、もしかするとそうかもしれない。

ドームに描かれた、象さんとカバさん。
こういうことで淡く美しい18世紀の街ブタペスト(ローマ遺跡もあったけれどブタペストから外れたところにあった)を離れたのだった。

そして今、ロースハウスの前にいる。おー、ウィーンに来たのであった。
2008年 11月 04日 (火)
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レクチャー3・先行形態論(PRE EXISTINGS)を発表・2008年11月3日 |
ブカレストにそびえる国民の館(Casa Popurului)の屋上に上ったとき、これは先行形態論をレクチャーしなくてないけないと思った。この夜、ブカレスト唯一の建築大学イオン・ミンク大学で学生を主体にした200名以上の観客を前で発表。立ち会ってくれた学生や建築家からの予想以上の共感は、トラウマになるぐらい忘れなさそう。つまんないと無料だからすぐ出て行くよーと冗談におどかされていたのだった。

ご存知のように「国民の館」は1989年12月の射殺による崩壊以前、チャウシェスク政権の威信をかけた大プロジェクトである。ペンタゴンの次という建物の規模を誇り、なんと今でも建設が続いている。しかし問題はその背後。建設を放棄された広大なヴォイドが広がっている。その昔ここには中世以来の街があったのだがすべて取り壊されてしまった。そして何もされずにそのまま放置されているのである。この風景が、ヒロシマをあつかった先行形態論の先鋭的な側面をこの国で述べてみる気持ちを与えたのだった。
多層的な都市が生き残っているところを案内してほしいという当方の求めに応じて、まず生き残った旧市街を歩き、ずっと一緒に歩き続け、何となくセンスを共有していそうだった建築家のCONSTANTIN GOAGEAに、内容を打ち明けてみる。
「都市の幽霊について考えたことはあるか」
「この街は幽霊だらけだよ。ちょっと学生には難しいかもしれないけれどやったほうがいい。」
というわけで、レクチャー2をより先鋭にしたヴァージョンに都市のオバケ論でもある先行形態論を組み合わせたということである。
疲れ果てて熟睡。「国際ワイルド・バンチ連合」の設立の可能性について夢を見る。

左が農家が次第にショップハウス化した経過を示す町並み。右側は20世紀初頭あたりの再開発か?

左側の建物群は構造的に危険、今すぐ退去せよという赤い標識が打ち付けられている。
問題のない世界ほど退屈なものはない。問題があるからこそ幸い。よいネットワークができたと思った。
2008年 11月 02日 (日)
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ブカレスト到着・次回の講演内容を考える・2008年11月1日 |
ソフィア在住の日本人建築家の山崎さんから、話が教科書的だという指摘をいただいた。どんな層の人が来るかわからないからむずかしい。ウームそうかなあと思いつつ、じゃあということで善処策を練る。
・critical greenismをより明確にして、暫定的結論をつける。もう日本人のアニミズムの問題に踏み込んでしまう。(村野藤吾の谷村美術館もやろうかなあ。)
・(ソフィアでは聴衆に良さが理解してもらえないと言われたのでやめたけれども)天才・坂本一成の水無瀬の町屋をきちんとしたコメント付きで紹介する。
・川合邸は工事中の写真を含めて臨場感をだす。
・そのほか今の日本の建築界を支えている70年代から出発した当時若手の作品をきちんと提示する
・tangled up in green という主題にきちんとciritical greenismという副題をのせて主張点を明確にする。
ちなみにtangled up in green(緑にこんがらがって)というタイトルは、伊東豊雄の中野本町の家が蔦で絡まっている写真が好きで、それがもとになって考えたのだった。やはり伊東氏の足跡を検討するといろいろ考えさせられるものがある。
2008年 11月 01日 (土)
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CRITICAL GREENISM・ローマ遺跡の横で講演会・2008年10月31日ソフィア |
無事、多くの方も入場してくれてレクチャー1とレクチャー2の中盤までのプログラムで講演を終了しました。一番湧いたのは藤森照信『東京計画2107』でした。丹下の東京計画、メタボリズムともすでに充分知られているなかで、こっちはインパクトあったみたいですね。100年後の東京がエコロジー都市ではなく、激田舎化するというヴィジョンが新しかったようです。今回の日本のエコロジー建築紹介では、単に人間社会で利用されるエコ・グリーンではない、おそるべき植物との拮抗をよく知っている人々の作品も紹介させていただいたのですが、川合健二邸、石山修武「開拓者の家」と鈴木了二「金毘羅宮プロジェクト」も当然ですが反応よかった。ちなみにシンプルな図式はこう。

GREEN(単なる名詞)→GREEN-IZE(動詞化)→GREENISM(イズムとして流通、陸屋根に芝生が乗っかった状態の単なるエコロジー建築)→CRITICAL GREENISM(その批判的潮流)
アア、悲しいかな、カテゴライズしてしまいました。でもCRITICAL GREENISMというのはそれほど悪いネーミングではないと思うんだけどいかがでしょう。
さて講演会会場の横には出土したローマ遺跡の墓がありました。こんなところで講演できて光栄です。と思うのは変だろうか。

実はローマの円形闘技場の転用過程の研究では第一人者の黒田泰介先生(関東学院大)に訪れる先にあるローマの遺跡を教えてもらったので、すべて見て回るつもりなのです。しかしよくよく考えてみるとローマの遺跡がすべてそれら首都に存在しているということは、それら首都がローマ都市を骨格にして発展してきたことは疑いようもない。そういう意味で先行形態ではないですが、過去の現在に対する投影の強さを感じます。ローマ恐るべし。
ソフィアでの一番のお気に入りはセント・ソフィア教会。

ビザンチン様式の4から6世紀にわたって拡張された、とはいえとても簡素な教会。ここは何回も壊れていて、その度に修復されるためとうにフレスコ画もない。でもそのせいかレンガの積み方が手に取るようにわかる、まるで教科書でした。「高度な技術から精神性は発揮しない」とは誰かの名言ですが、その意味でこの教会には確かに精神性がありました。

2008年 10月 31日 (金)
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ソフィアに到着・講演会「緑にこんがらがって」・2008年10月30日 |
約1日弱かかってパリ経由でソフィアに到着。
この旅行、国際交流基金からの依頼に応じたもので、ソフィア(ブルガリア)、ブカレスト(ルーマニア)、ブタペスト(ハンガリー)、ウィーン(オーストリア)の中欧諸国を回るもの。お題目は日本近代建築と現代の傾向をまとめて話せという、ちょっと広大なものですが、大学でも外国人学生用に使えるからということでこんなメニューで話します。
These contents are selectable depend on your needs.
●lecture 1: From Edo(17th Cent.) to Tange (20th Cent.)...for deep understanding about MJA(Modern Japanese Architecture)
●lecture 2: Tangled up in Green, Modern Japanese Architecture from ‘70s...New tendency
●lecture 3: Encounter with “Pre Existings” at Hiroshima, Osaka (extra)...about ”ghost” of city
会場でこの三つから選んでもらって話すということで、アドリブを効かせていきたいと思います(通訳の方は大変だと思いますが)。
何れも母国語が英語でないので、デファクトスタンダードな英語を無理に通すのもなんだということで直訳でいこうと思います。
来年三月はアメリカで話しますから、そのときには英語でやるようにがんばります。

旧共産党本部裏のローマ遺跡!
ソフィアもローマ都市だったのでなんと共産党本部跡の中庭にはローマ時代のロトンダがあった。ソフィアで唯一の日本人建築家の山崎揚史さんに案内してもらったのだけれど、観光の資源は結構あるが余り活かされていないなあという感じ。逆にそれがチャンスな感じもあり。
今回のモチーフの一つが東西交渉だけど、中欧諸国と言えばヨーロッパ、アジア、イスラムに取り巻かれた歴戦の地域だ。余り素朴なことは言えないと町を見ながら思った。そういえば半地下になったキャンディ売りのディスプレイがきれいだった。

山崎さんの現地アトリエを紹介
2008年 10月 28日 (火)
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シンポジウム・長岡の近代建築を考える・2008年10月26日 |
東欧巡演直前ではありましたが、シンポジウムに参加してきました。
長岡で活動されておられる「建築と都市を考える会」が主催したもの。
取り壊されそうな(一つは決まっている)石本喜久治率いた石本設計事務所の戦後10年を過ぎた頃ぐらいに建てられた二つの作品、旧長岡市庁舎、長岡厚生会館についてのシンポジウムでした。
平山育男長岡造形大学教授を司会にして、古畑誠一氏 五十嵐太郎氏 そして当方がいろいろと思い出や私見を述べる会でした。まず当方はよけておいて、ヴェネツィア帰りの五十嵐氏もなかなかの発言をされていたし、やはり注目すべきは石本設計事務所の重鎮、古畑氏の誠実な回顧。感銘を受けました。石本事務所が片岡安の肩入れで始まったのを知らなくて、それじゃあ山口文象もいられなくなるだろうなあとか思ったり。政治的心情が全く逆ですものね。
シンポでは石本作品の意義から始まって、戦後の作品の建築的価値やら、残すことにまつわる難題をめぐっていろいろと話しました。
僕自身は瀝青会の活動を通じて無名の建物が何となく残っている状況も肌にしみているので、いわゆる学者による歴史的価値付けはあくまでもサポートにすぎず、誰かに価値を気づかれたらむしろ問題がおこる、やはり意識もしないまま使い続けられることこそ貴重なことなどと。。。理想論にすぎないかもしれませんが。
そのほか、有名作品残せば他は壊していいのかなど60年代からの保存論議で常に問題になっている懸案も話し合いました。
その点で、帰り道に古畑氏以下石本事務所の人たちと話していて、その町にあった自分の担当した「普通の」アーケードに込めたいろいろなことなどを話したことなどが印象に残ったです。作品も大事だが無名のインフラも大事だということですね。新築してもいいけどやはり無名のインフラになるように作りたいものです。
おそらくそういうことはこの会を主催した関係者や出席した一般の方々もよくわかっておられるはずで、とむらいの会ではあったが、なんとか希望の会になったんじゃないかと思いました。およびいただいてどうも有り難うございました!
2008年 10月 21日 (火)
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連載・ワンダリングセブンティーズ「拝啓 チャールズ・ジェンクス様」・『住宅特集』2008年11月号 |
このブログで最近アップが続いている。自分のことばかりと思われる方もいるかもしれないが、このブログは当方が社会との関わりを忘れないうちにメモっておく(そして年末に業績をまとめるための一助とする)のが主目的なのでご容赦願いたい。ようはとっても忙しい日々が最近続いていたということだ(今でも続いている)。
新建築社『住宅特集』で連載している日本の近代建築の1970年代をめぐるインタビュー連載・ワンダリングセブンティーズであるが、今回は70年代ののどに引っかかった骨であるポスト・モダニズムの経緯を報告した。まず思い切ってチャールズ・ジェンクスに確認の手紙を出してから、名前の挙がった日本人関係者、『a+u』の名編集長・中村敏男氏、建築家かつアルキテクストの竹山実氏と相田武文氏にそれぞれ個別にお話を伺うという結構広大な企画となった。筆者のワンダリングぶり(要は狼狽ぶり)も、性能の悪い刑事よろしく、最高潮を迎えている。その当時と、言葉に翻弄された建築潮流のあり方にご興味のある方はご一読されたい。史料的価値は極めて高いと思われます。対応していただいた各先生には深く感謝いたします。一回お休みをもらって、これからはより設計者の内実へ潜り込む予定にしている。
書誌:中谷礼仁「ワンダリングセブンティーズ 拝啓 チャールズ・ジェンクス様」『住宅特集』2008年11月号新建築社

そういえばおととい村野藤吾についての短い記事を書いた。思いの外よくかけたような気がするのでまた紹介させていただくのが楽しみ。
2008年 10月 20日 (月)
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東欧巡演・Tangled up in Green・2008年10月29日から11月12日まで |
上記期間、日本近代建築の流れを紹介するために、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、ウィーンを巡演します。題目の意味は「緑にこんがらがって」。ボブ・ディランの名曲からのパクリです。旅行があの曲の内容みたいにならないといいのですが(いやいいか)。日本流のエコの取り組みも聞きたいらしく、このような題にしました。スライド鋭意作成中。藤森さんのエコ批判論伝えられるかなあ。
というわけで通信手段が判然としませんので、連絡がとりにくくなると思いますが関係各位どうぞよろしくお願いします。長嶋康郎先生のレクチャーの6時間前には日本に到着しているはずです。