2009年 7月 01日 (水)
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瀝青会会員たる福島加津也君・東京建築士会平成21年度住宅建築賞金賞・2009年7月1日 |
瀝青会会員・建築家福島加津也君(福島加津也+富永祥子建築設計事務所)が、権威ある社団法人東京建築士会平成21年度住宅建築賞の最高賞を受賞しました。
このブログの目的からは反れるが、同じ瀝青会メンバーとして嬉しい限り。この家実際見学させてもらっていいなあと思って、いくつか感想など福島さんに述べたのですが、こんなに反響呼ばれるとは。。。すいません。
福島さんは自発的に瀝青会のことを知り参加された方です。後進のための民家の実測指導などにもあたられ、その誠実なお人柄が、きわめて明瞭に直接的に作品として現われます。受賞作「柱と床」には、瀝青会での体験もあると思いたい!
いずれにせよご受賞おめでとうございました。
自分の撮った写真フォルダから、該当作品検索中だけど、出てきません。。。
architecturephoto.netを紹介しましょう。
2009年 6月 28日 (日)
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書評・『建築計画者の本懐−中廊下の住宅』・『住宅特集』2009年7月 |
『住宅特集』で季節ごとに連載していた70年代住宅をめぐって彷徨う特集Wandering Seventiesは、担当編集者がどこかに行ってしまったこともあり(というか知っているけど)、とりあえず終わりになった。3部のうち2部まで書き上げて、あと1部でもっとも深い人間-創作論に突っ込もうと思ったのですが残念ではあります。どこか書かせていただけるとありがたい。書籍化すべき内容と思っています。でも写真は新建築社様がいっぱいお持ちなのだからこそできた連載でしたね。
まあ、それはいいとして(別の雑誌で味わったいきなり廃刊の苦しみよりはるかにまし)、さて、その後も別に新建築社様とはおつきあいもあり(自宅から直線距離で200メートルぐらい)、書評を一筆啓上さし上げました。
青木正夫ほか『中廊下の住宅』住まいの図書室第二期、第二本目の刊行です。編者植田実の覚悟と自覚が、どの本を出すべきか冷徹に決めているわけですから、悪いわけがない。筆者の青木先生はもうお亡くなりになってしまっていますが、何回か夕食を御一緒させていただいたことがあります。ダンディな方で紹興酒の飲み方に惚れた!
ダンディという性格は、実は歴史や慣習についての愛と批判によって生まれる態度なのですね。実はロースとかルドフスキーのダンディさと一脈通じるところがある。青木さんは戦後の建築計画学の創始者の1人ですが、理論と現実双方の桎梏をきちんと折りあい付けようとするさばきに、ちょっと感動します。やや専門的な内容ではありますが、すまいに興味のある方全般で、粘って読書できる方にもぜひおすすめします。絶対買って盛り上げてください。住まいの図書館第二期!
2009年 6月 28日 (日)
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瀝青会報告・災害とすむ(静岡、愛知編)・そのほか2009年6月28日 |
以前にもお伝えした、瀝青会太平洋岸民家めぐり、『すむ』2009年夏号に掲載されました。その他にも志摩にも行ったのですが、志摩は志摩で独自な性格があり別として、今回は静岡の御前崎、愛知の蒲郡での民家探しをまとめました。両者に共通するのは、ずはり災害です。地震台風が襲来することの多いこの地でどのように民家が変貌したか、今回は少しドラスティックな内容になっています。こういうこともあるのかと、瀝青会の苦労をのぞいてみてください。
書誌情報:瀝青会(中谷名義)「災害とすむ」、季刊誌『住む。』2009年夏号
、1200円(税込)、A4変型平綴じ、株式会社泰文館発行、社団法人農山漁村文化協会発売
2009年 6月 07日 (日)
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「4号館」ってなんだ?・2009年6月4日(木)・武蔵野美術大学にて |
「ムサビ」行ったことなかった。行ってみたいなあと思っていた。
そうしたら一ヶ月ほど前に同大学の長尾重武先生から、同大学で行うシンポジウムへの出席要請があった。「4号館が改修を終えて、お披露目されるので、お祝いにきて」とのことであった。
はて、「4号館」とは何ぞや。僕が所属している大学でも51号館という高層棟があって、学内の全員はその名前だけで、その建物の強烈なイメージは伝わるのだが、おそらく大学以外の方には伝わらないだろう(霞ヶ関ビルが竣工する前は東洋一の高さだったんです)。
それと同じギャップを感じたのだ。恥をしのんで「先生、4号館ってなんでしょう?資料をいただけたら勉強しておきます。」とお願いし、その後届いた資料を見て「あっ」と思った。
芦原義信設計のアトリエ棟ではないか。そうかこれメンテされて使われることになったのかーと思って、もう祝電気分で参加しました。
校務の都合上、途中参加ということになったのですが、芦原建築設計研究所・石岡俊二氏による改修作業はまさに絶品で、もともとこういう形だったのだとしか思えないようなきちんとした納まりで直していた。これでようやく問題部分が改善されたというか、昔の木造なら当然手を入れているべきところが現代建築でしっかりやられているところに大変感銘を受けました。
シンポ中は現役最古老の建築家・高橋靗一先生の横でいじられ役になっていたわけですが、途中高橋先生がとてもいいことを言った。それは建築に名付けられる名前について。それを受けて当方も祝辞を述べさせていただきました。
「4号館」という名前は狭い共同体でしかわからないものだけど、本当によい建物は固有の名前をもつということ。「代々木オリンピックプール」だって「広島ピースセンター」だってみな正式名ではない。何となくそれにふさわしい名前として次第につけられていったのだ。こういうとき、認識されないはずの固有性が、理解可能な客観性を帯びるという特殊な状態になったということだ。つまり「イチロー」状態ということである。勘ではあるがこういう状態になった建物は残ります。
「4号館」は別の名前が醸し出されるのに充分にすぐれた形をもっている。4号館に名前を。ちなみに僕の案は「井桁ビレッジ」です。

あーあの建物ね、と再確認されたい方はこちら。まぎれもなく傑作です。
当日の様子はこちらを参照
自分用の情報覚え書きは→つづき
続きを読む→
2009年 4月 27日 (月)
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白井晟一学習会・第四回目最終回(公式上)おわる・2009年4月26日(土) |
白井晟一さんのご子息の御厚意により、彼のアトリエだった虚白庵にて行なわれてきた学習会が、公式的にはおわりました。
第四回目は「パーフェクト・インタビュー」と題されました。
出席者は、川添登(建築編集者、評論家)、中村敏男(建築編集者)、松山巌(建築、文明、文芸評論)でした。
50年代の白井晟一建築界デビューの張本人が川添氏でした。そして60年代に川添氏と親交あつかったのが雑誌『a+u』の名編集長である中村敏男氏の若き日々となります。彼らは当時足しげく白井の元へ通い語り合ったそうです。
今回は白井晟一をめぐるミッシングリンクを白日の下にあらわすことを目的としました。
そして評論家松山巖氏にもコメンテーターとして参加いただき、50年代から70年代にかけての白井をめぐる社会評価の変容にも切り込んでいただきました。
結論として、その資料的価値、学習会としてのある程度の結論が見えてきたという意味できわめて貴重な会になりました。川添さんが「めし」「豆腐」の直筆最終原稿を持参されてきて、出席者絶句。なんで残っているのかたずねたら、あまりにもすばらしいので、自分で書き写してそちらを印刷所に入れたとのこと!。また専用ブログにて報告しますが、いつも私たちを見守ってくれたご子息とその奥様に感謝します。


↑「めし」の直筆原稿
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建築農業工作ゼミはじまる・四谷アートステュディウムにて・2009年4月25日 |
プラネタリー(惑星的)な思考と実践/この上なく明晰な芸術の学校をめざす四谷アート・ステュデウムで、今年僕が講師の一人として参加する講座、建築農業工作ゼミがはじまっています。
建築と農業と電子工作の講師が共同で、未来の実用に供する発明品を受講生に一年を通して作らせるというのが目的。
今年は先ず社会のニーズを知るという観点から実際に応募している(応募された)各種コンペを取り上げ、その背景分析と批評と対策などを練るというところからはじまりました。当方は基本的にジュリー(講評)が主な役目となるのですが、その他に北川先生の学校の屋上を田んぼにした演習とか、マイコンを使った福井先生の演習があります。受講生の皆さんは特に福井先生のArduinoというマイコン制御による作品づくりを狙ってきた方が多かったです。受講生の一人に「その「アルジャーノン」というマイコン僕もやったら面白いかな」などと聴いて「Aruduinoです」と言い直される始末。お恥ずかしいけど。新しい分野のエキスパートのタマゴが受講生にたくさんいて、なんか得した気分です。下はハローワークよろしく各自が持ち寄った、コンペ情報を漁る受講生諸君。

いろんな発明品が生まれますように!
ちなみにArduinoの使い方のガイドについては福井先生の作ったこちらのページ(建築発明工作ゼミ2008)を参照してください。皆さんこのページの完成度見て応募してきたみたい。僕もなんか作ってみよー。
2009年 4月 24日 (金)
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「すまいろん」対論・大嶋信道(建築家)らと・2009年4月23日(木) |
港区の公園でもチャレンジブルなイベントが開かれた直前、早稲田大学理工学部の大階段教室でも挑戦的な公開イベントが開かれた。
住宅総合研究財団主催の対論シリーズで
対論I部:大嶋信道(建築家、藤森照信との協調の他地道な保存運動も)/中谷礼仁(早稲田大学…瀝青会)
対論II部:梶山秀一郎(建築家・京都作事組理事長…かなりラディカルな保存主義者)/ 青井哲人 (明治大学…都市論)
司会(I, II部とも):手嶋尚人(東京家政大学)
という構成で、タイトルは「継承の知恵ー保存・再生・無意識-」というかなり玄人向けのシンポ。(いかに難しそうかはリンク先の内容を参照のこと)
なぜ挑戦的かというと、端的には当方がダブル・ブッキングしてしまったからであった。同じ時間に担当回の授業があったことに気づいてしまったのだ。しかしすでに早稲田大学理工学部で行うことは財団からの申し入れで決まっていて、ポスターも配布されている。ブッキングに気づいて1時間、あれこれ考えた。
「よし授業に組み込もう、退路は断たれた。授業もなんとなく合っているし(講義名「建築意匠と歴史」)」
というわけで、なんと今年の4月にはいりたての大学1年生(まだ高校生っぽいのである)と財団を通してやってきたプロ中のプロ50名ほどの計250名程が入り交じってのシンポになった。シンポの冒頭で授業遂行者として挨拶
「プロの方も初心に変えっていただいて、また学生諸君もプロの方がいっぱいおられるので「さすが早稲田」と言われるように…」となんか意味不明な口上を冷や汗モノで説明、家政大学の手嶋先生に司会を渡してシンポ開始。心なしかプロの方々がそのきわめて新鮮な雰囲気に戸惑っているようである。
3時間、どうなることかと思っていたら、やはり実践する人びとの話を直接聞いたかららしく、アンケートを見る限り学生からも予想以上に好評だった。やはり全く異なった意見を持った人がそれぞれまじめにやって何やら主張している雰囲気が良かったのではないかと推測。
どちらかの部だけ聴けば授業の単位は大丈夫といっておいたのだが、半分以上の学生が残って、専門用語、そして建築保全をめぐって全く対照的な意見が飛び交うシンポを聴いてくれたのだった。しかし2部は真剣勝負というか、真剣をかわしにかわす壮絶な会だったなあ。
最後にお決まりの会場からの質問。なんと学生から質問でました。それもかなりするどい質問。エライよ1年生。なんで修士1年になるとみんな黙ってんだろうと思うぐらいアグレッシブな元高校生達なのでした。手を上げたのに質問できなかったからと当方にメールくれる学生もいたし。
無事終わって良かったです。ほんと。
2009年 4月 02日 (木)
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瀝青会報告・ワイルド・イーストへ(千葉編)・そのほか2009年3月21日 |
3月末は毎年恒例の京都建築旅行。今年は総勢40名を越える大所帯でしたが、無事終えることができ何よりです。
去年から、当方を建築史への世界へ誘った中川武教授のマジカルな京都解説の記録化を建築史研究室ではじめたのですが、意識的に今年は、日本というか世界の木造建築の原点のひとつでもある法隆寺からはじめることができました。
氏の「法隆寺は建築のホームラン王なんだよ」という名文句(30代前半ではすでにわからなくなっているフレーズなのではあるが)が感慨深く響きます。
なぜホームランか?
それは野球のゲームで唯一時間が止まるのが「ホームラン」だから。
プレーヤーの誰もが、ぽかんと見つめるほかはない特別な状態だから。
つまり法隆寺はあらゆる建築様式の流れの中で、まるで時間が止まるように屹立している。
あーこういう言葉を吐きたい!
さてだいぶ更新が滞ってしまったので、いくつかまとめなければならないのですが、まずは今和次郎の訪れた日本の民家を探してつきつめ話を聞く3年目のプロジェクト・瀝青会による千葉報告が雑誌『住む』に掲載されました。
僕は千葉が大好きです。特に外房のフリーウエイ。そこを走っていると人の世界を覆い尽くすワイルドな森が迫ってきます。そして東京から近いようで独自の文化圏を形成する漁村。今回の報告はそんな千葉東南での出来事をテンポよく紹介報告しています。住まい手の一人は、行商の経験のある初老の女性でした。最初、ややデリケートにされておられましたが、彼女から聞けた話はとても懐かしく胸を締めつけられました。「普通の家に逢い、普通のひとの話を聞く」ことがいかに独自なものか。

書誌情報:瀝青会「今和次郎『日本の民家』再訪[4] ワイルド・イーストへ 千葉再訪」季刊誌 住む。2009年春号 定価:1200円(税込)、発行:株式会社泰文館、発売:社団法人農山漁村文化協会
千葉からの行商の女性については、たとえばこのリンクを参照下さい(ブログ主宰者の方、よろしくお取り計らいください)。→彷鉄・2008.09.10, 00:00京成 行商専用車
あっと思う人もいるはず。
それから2月26日に日刊建設通信新聞の論壇に
「庭師をめざせ」を書きました。
その前の回が内藤廣先生の「建築家」という題だったので、一応バランスをとらさせていただいた次第。
4月23日(木曜日)には、青井哲人氏等を迎えた講演会もあり(後日詳細をお伝えします)、
4月26日(日曜日)には、白井晟一学習会の第四回目レクチャー「パーフェクト・インタビュー」もあり
順次連絡させていただきます。それではまた。
2009年 3月 16日 (月)
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ポートランド州立大学にてFD研修・2009年2月15日から3月8日 |
ふせぎようのない世界の均質化・国際化の波の一方でその波にあらがい続けるにもやはり国際的な手法が必要ということで、所属大学が催したFD研修に参加してみました。
FDとはファカルティ・デヴェロップメント(教員側の能力開発)の略語。要は教員側の客観的な改善が次第に必要とされている世の中なのであります。とは言え当方は昔某ゼネコンで3年間設計に籍を置かさせていただきましたから、要はこれは企業でいえばTQC(トータル・クオリティ・コントロール)なんだろうなあと思っています。製品の品質を挙げる生産プロセスを考えるのはそれなりに面白く、むしろあまり抵抗なくその手法を理解することができます。主体的な評価とともに客観的な評価が対峙するのは理解できないわけではありません。
さてポートランドでは、最近教育学でぐんぐん力を伸ばしているPSU(ポートランド州立大学)にお邪魔し、その教育学のイロハと、実際の授業参加をしてきました。いろいろ考えるところはあるのですが、とりあえずジャーン(単なる自己満足ですが)。
アメリカの建築学科の大学3年生に、先行形態論のプレゼを行なった証拠です。部分的に原爆投下後のヒロシマを扱っていますから、いらぬ誤解がおこらず、かつ正当な意見もキチンと表現できるか試してきました。
その後、先行形態の見分け方について幾人かの学生から質問をもらったので、問題なく受け入れられたのだと思います。以上報告まで。

2009年 2月 13日 (金)
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瀝青会調査(御前崎、蒲郡、志摩)・2009年2月8日から12日 |
*関係各位 2月15日から3月8日まで海外研修です。連絡が滞りがちになると思いますがよろしくご配慮願います。
今和次郎『日本の民家』初版に掲載された民家の現在を再訪する旅ですが、今回は瀝青会の新人(といっても早稲田大学の新修士1年生三人)をつれて、太平洋岸の民家調査に行ってきました。
瀝青会の活動は、教育委員会への依頼から始まり、現地での協力者からの聞き取り、ノンアポで依頼など、状況に応じた機敏な知力体力が要請されます。学生にとってははじめて「社会」へ直面するようなものです。今回千葉九十九里浜の調査を終えてまた沿岸だったので、どのようなテーマを設定するかが肝だったのですが、次第に能力を上げてくる新人がある共通するテーマを発見しました。これまでになかったものなのでまとめるのも大変ですが、楽しいものになりそうです。また新しい再訪フォルダが増えていくのは見ていて達成感があります。

↑すごく細長いアパート群はどうしてできたか(蒲郡にて)
また2月8日には白井晟一学習会の第三回目のレクチャーがありました。太田穂摂先生をお迎えして白井の書について検討を加えていただきました。当日の結果は近々にリンク先にて発表されると思いますが、太田先生の揮毫(実際に書をおこすこと)もあり、虚白庵はさらに緊迫感のある空間になりました。当方を含め参加された方はとても有意義な場所を共有したと思います。
当日、白井晟一の書を多数準備、惜しげもなく公開していただいたご子息様にも深くお礼申し上げます。