アセテート編集者日記

アセテート編集者による日記です。
編集作業の実況中継のほか、編集者のつぶやきを掲載しています。
*editorNの日々のつぶやきはhttp://twitter.com/rheninに移行しました。ここではきちんと本の制作進行をお伝えします。また書評等も掲載予定です(091018)。
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2009年 10月 21日 (水曜日)

役に立たない(きわめて精巧な)機械の参考例

原倫太郎作 四ッ谷アートステュデイウムにて公開中
Stretching Robot_01


授業を受けている諸君。参考にしてください。
http://portal.nifty.com/2008/07/24/c/
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2009年 10月 20日 (火曜日)

ガラスのスカイスクレーパーについての新しい発見

ウィーンで知り合った三谷さんという建築家の方が、きわめて興味深い報告をしてくれた。いくつかミースの本を読んだが、知らなかったので、絶対紹介した方がいいと説得したのだった。これで、三谷さんの発見の業績が残るというもの。もちろん昔からそれぞれ展示されていたのだろうが、その違いに気づくこと自体が大切なことなのだ。
これについては当方も一定の見解を持っているので、今度書くつもり。
三谷さん、きちんと引用出典扱いしますよ。

http://transpolis-theory.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-a80e.html
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2009年 10月 04日 (日曜日)

内なる職人絵尽

東京都写真美術館で10月18日まで開催されている北島敬三展に行ってきた。大規模な回顧展ではないが、北島さんの初期作品からを通覧できる。

なぜか北島さんの写真は、高校生の頃から親近感があって(それは掲載された雑誌によるものだろう。雑誌名は恥ずかしいので秘密)、ずっと自然に見続けてきた。初期のややストレートな写真から襞をましていく最近作までの違いが堪能できる。

手に職をつけるというのが職人の正常なあり方なら、北島さんの被写体におさめられている各種の人物はどこか職人的(ようは合目的)でありながら、その職人さが「手」ではない何か得体のしれないものから発しているところが魅力だと思った。

ふくらはぎに職がついたような、乳首に職がついたような、

要は無用な職人たちのアンソロジーなのだ。初期作品ではその異常さが対象の姿と一義的に対応していたのに比べて、後期になればなるほど表向きの彼らの「職」とは違った別の機能が彼らの中に存在していることをまざまざと見せつける。自分でも知らない、自分が被写体に写っている感じとでも言おうか。そういう意味からするとやはり僕が一番最初に北島さんを知ったニューヨークの写真群がそういう人間の二重性を映し出した転換点ではなかったかと思う。東欧シリーズもすごいなあ。

つまりは人間の表層の背後にある人間のインフラのうごめきがはっきりと刻まれている。そのことを客観的に科学的な手つきで示すのが、同じ人物を対象にずっと同じ環境でとり続ける冷徹なポートレイトシリーズであり(ほんとこわいんだから)、それが展開すると北島さんが最近とっているランドスケープにおける独特な奥行きになるのだろう。
作品集もお金のある方はぜひそろえておいた方がいいと思われます。
約800頁からなる16年ぶりの写真集『THE JOY OF PORTRAITS』
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2009年 9月 24日 (木曜日)

ロース打ち合わせ中間報告

アセテートとしては順調気味に推移しているというものの、ちょっと遅れるかもしれません。ロースが好きで根底から考えてみたいと思う人が日本に何人いるのかそれが心配だ!

本文、遅れ無し
訳注、地図、写真選定 楽しくできるように担当を仕切り直し
ちょっと困っているのが、解題をどなたにしようかということ。一本の線がいま切れている。。。これが問題だ。
アセテートならではの解題などと頭を使うのは楽しいのだが、その結果刊行日の足を引っ張るのはいかがなものか。
→出せるときに出すのだから、それでいいのだ。中途半端にならぬよう。

がんばって、関係者のお尻を叩いたり、たまには逆も。
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2009年 9月 02日 (水曜日)

企画書BINDIT

アセテート編集者日記をお読みいただいている諸氏に乞講評
info@acetate-ed.netまで

企画書 BINDIT

何びとも「出版する権利を持つ」から「バインドする権利を持つ」へ


目的 
書籍化されていない、作家、研究者のテキストの電子化から独自製本への読者による一貫編集/書籍化フローの構築。

背景 
いまだ書籍化されていない、作家や学者のエッセイはアーカイブ的宝庫でありながらニッチである。雑誌で公開されてもそれが書籍化されない限りは恒常的に公開されないためである。
そのような原石をまずは
1. 電子化させ、単独で購読購買可能にする。
2. 同時に購買者自身のセレクションにより、購買者が編者となり、
ituneのプレイリストならぬ独自の製本(バインディング)を行なえること(編書名もつけられる)。

これによって、
3. これまで書籍が実体化というエビデンスを担っていたのに対し、複数の購買者がそのようなエビデンス作りに参加できること。
4. バインディングにあたっては、プロ装丁家や新人装丁家のテンプレートも準備する。
このようなプロセス全体が『BINDIT』という企画である。

構成ならびにフロー 
1 「本未満」アーカイブ部門(作家.研究者に呼びかけバンクを作る)
2  電子書籍化部門
3  購買者が独自の編集で書名づけならびにバインド化する際の、装丁家による装丁デザインのセレクションならびに制作、配達部門
4  これら流れの注文ポータルサイト作成

効果 
書籍化されていない若手作家のオルタネイティブな登場の仕方の促進、購買者自身のセレクションによる独自なバインド作りという新しい本の生まれ方の提示
                      
08/12/26
中谷礼仁・アセテート info@acetate-ed.net
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 建築学科 中谷研究室気付
169-8555 新宿区大久保3-4-1 55N-8-9
Tel:03.5286.2496(内線73-3266)Faxも


リンク用タグはhttp://www.acetate-ed.net/blog/index.php?itemid=1184
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2009年 8月 27日 (木曜日)

パッケージングかバインディングか、それが問題だ。

先鋭的なブック・エディトリアルで知られる秋山伸氏がプライベート・ブック・レーベルを立ち上げたらしい。もう3冊出ている。
http://www.editionnord.com/#
エディション・ノルトというらしい。以下抜き書き解説。

nrd 001 Christian Holstad, "Fellow Travelers"
インスタレーション作品“BloodBath & Beyond”のために彼が収集した素人写真を、サイズや色はもちろん、紙質や表面塗工、裏面の記載、周囲の型抜き装飾までをも忠実に複製し、箱におさめたもの。

nrd 002 Buku Akiyama, "Composition No.2 'an exceptional state': with equipments owned by hiromiyoshii"
展示スペースに隣接する倉庫の備品だけで作られた秋山ブクのインスタレーションを、写真家・山本真人が撮影。作家が撮影や編集に一切関与せず、写真家が自由に解釈して作品を撮影し、ページを構成。

nrd 003 Eiki Mori + Komichi Kobayashi, "Crows and Pearls"
写真家・森栄喜の東京の少年たちを彼ら自身の部屋で撮影したポートレイトと小説家・小林小路の短篇『夏の底』によるコラボレーション。
一見序列のない16枚の写真カードの裏で密かに小説が進行。
16枚のカードは、 内側に小説の英訳が記載されたごく薄い包装紙に包まれ、ステッカーで留められている。

どれも手の込んだ作業だが、結構感想が言いにくい。
あらかじめ当方のスタンスを言っておくと、本は複製技術の最高の、
スタンド・アローンでかつレガシーなオブジェクトである。
子供の頃に作った「空き箱の中の宝物」の世界はすばらしい!と声を大にして言えるのだが、それが本として丁寧に模されていると、丁寧であればあるほど不気味である。パッケージングのこだわりにはそんな感じがつきまとう。

アセテートから出版した本で、ぎりぎりまで著者の遺族ともめたものがある。遺族は元原稿にページはふっていないのだからとページの刻印を認めない。でもちょっと特殊なバインドの仕方(リング綴じ)をしたものだから、ページ番号ががないと落丁の可能性がわからない。どこから始まるかもわからない(これは面白いのだが)。と同時に本は本になった時点でテキストそのものではないという、なんか変なこだわりもあった。でもそういう対立は本の形式を考える意味で、好きだ。

そういう意味では、nrd 002が腑に落ちる。解説をそのまま引用すると、「シュトウッコ・マイナスのデザインによる本は一見、背部分が傷んでいるように見えますが、実は一旦仕上げられた表紙がわざと剥ぎ取られており、また、ふつう和書では後ろにおかれる奥付が前に付けられ表紙を兼ねる、というアイロニカルで逆説的な装丁となっています。
そのため外観は壊れやすいように見えますが、実は製本にPURという強いボンドが使われているので、本を180度開いても壊れることはありません。」
いやこれが本の正攻法な本質の一つなのであって、アイロニカルで逆説的では決してない。この本の正攻法な本質とは「製本」したということそのものである。

発行人の権利で一番重要なものは何かというと
「何びとも出版する権利を持つ」(フランス革命)
じゃなくて、もう少し厳密に言うと
「何びとも、バインドする権利を持つ」
ということになるんじゃないだろうか。バインドする(束ねる)とは、ランダムな情報にある整序を与えることである。本を作るのにある程度のお金がかかるのは、そのまとめかたを一定数複製しなければいけないからだ。ゆえに優れたバインドは大きな批評、あるいは権力である。でも自分の備忘録のために作った,個人的なクリップ止めのバインド本も、実はすでに大きな新しい意味を持っているのだ。

バインディングについてはいろいろ考えていることあって、何人の心ある方にお話をしているのだが、自分の忙しさもあり、あまり進んでいない。1年半以上寝かせてしまっているから、この日記で公開して、皆さんの反応をお伺いしたい気もする。

企画書名は「BINDIT」である。

- editorN -

2009年 8月 18日 (火曜日)

今日会った人が、すごくいいからこれ見てくださいと言った。


最近の一連の日記の最後を飾るにふさわしい感じがしたので紹介します。死に限りなく近い美しさです。
- editorN -

2009年 8月 13日 (木曜日)

市川崑二本立て

夏だ、映画だ、反戦だ。
日本の夏は反戦映画。私はパットン戦車団とか大脱走とかも好きなのだが、かっこ良くない戦争映画が大好きである。そう、誰かのために死んでいかない映画.そして日本の夏となると、なぜか集中してみたくなるのである。
今日は市川崑だ。
市川崑と言えば、『ビルマの竪琴』(三国連太郎版が好き)が有名である。が、契約しているCATVでとうとう『野火』(1959)が放映された。そう大岡昇平原作のあれである。
レイテで自らの軍隊から見放された兵隊たちが、次第にこわれていく映画である。
結論から言うと、
右翼製作者のもとでなんとかリアリティとファンタジーを確保した『ブラックホーク・ダウン』(ただしディレクターズカットに限る)や、
女々しい『シン・レッド・ライン』、
中途半端な終わり方の『フル・メタル・ジャケット』
を凌ぐ出来である。

見放された人々の歩く荒地は地獄に限りなく近いレンゴクである。以前ミッキー・カーチスの姿がのったスチールを見てすごそうだと思ったのだが、当然彼も狂った(倫理的に間違っているが論理的には間違っていないということ)演技をしているし(特にラスト直前の顔)、というか全員の演技のテンションが高すぎる。主演の船越英二がもらった猿の肉(猿かどうかは本当はわからない)を食べようとすると、歯が抜けて、自ら笑ってしまうところとか(本当は笑っていないのだが、人肉食いが自らの歯が抜け落ちて喰えないという、きわめて喰えない景色が、笑っているかのように見えるのだ)…。
今みても、最前線の映画ではないだろうか。
こういうときに、最近外国の目が気になる。それで例えば「nobi film」で検索すると、こういうページにあたる。
何この、高評価!?というぐらいの絶賛が多数書き付けられている。うんうんなるほど、主演の船越英二以下、役になりきるため絶食して演技に臨み、常に幾人かの看護婦が「有事」の際には介入したらしい。そして特筆すべきは、モノクロの美しさである。ビルマの竪琴も美しいが、この映画は本当に悲惨なまでにきれいだ。涙を許さない。
日本人の評価は例えば以下のものだ。
(↓アマゾン)
野火DVD


ウォー、敗戦記念日までもっと見るぞ。
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- editorN -

2009年 8月 11日 (火曜日)

ウエットな日本を離れて砂丘に行く

10日になりましたが、原稿が今日終わりました…
日本についての湿気の多い文章を書いた後は
長崎はダメでもせめて、日差しの強い場所へ行こうということで迷い込んだのが
駄作ともいわれる名匠ミケランジェロ・アントニオーニの『砂丘』1970。
駄作ではありませんでした。飛行機というか主役はカメラワークですね。
信じられない光景とどうやって廻したのか…とおどろき。
音楽もジェリー・ガルシア、ジョン・ファヘイ、ピンク・フロイドでかなりぴったりシンクロしている。フロイドよりもデッド。昼間の遊覧飛行中に"dark star"が流れるとは、ちょっと絶句。いや見方によればこれは傑作ではないですか。
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で、見ながら気付いたのは、当方が学生のころ大好きだった切ないロードトラベリンムービー『ファンダンゴ』はこの映画のオマージュがいかに多いかということだ。飛行機のペインティング、修理後の車のボンネットが砂丘に出てきた車と同じ!日本にいる数少ない『ファンダンゴ』ファンの皆さんは少なくとも必見ではないでしょうか。
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なーる。
というわけで砂丘映画の締めはパゾリーニの『奇跡の丘』にさせていただきます。(エル・トポは絶版だそうです)

- editorN -

2009年 8月 06日 (木曜日)

なんとか長崎に行っておきたい

今日は米軍が広島に原爆を投下した日である。
本日に至るまで公式な謝罪がないのは個人的には許しがたいことだと思っている。やったことの格が違う。

白井晟一の親和銀行をみたくなった。だからなんとか9日に長崎入りしてみたいと思う。そのためには一つ抱えている原稿を明日までになんとか終えることなのだった…
- editorN -
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