忘れないうちに、世の中との共同作業をきちんとまとめておくページ
2003年ぐらい以降の成果物を記録していきます
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中谷礼仁

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NAKATANI Norihito from 2004.
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お台場公園の攻防, 1995

中谷礼仁(建築史家・日曜釣人)



私の父はもっぱら東京湾岸を漁場とする釣人である。対象もハゼ、キス、カレイといった江戸前、ふらっとたち寄ってそこそこの収穫があればメッケもの、そんな気易い釣人である。
私自身も子供の頃からの彼の釣りパートナーである。20年前は飯田橋近くの大曲が漁場で、二尺ほどの鯉を釣ったこともあった。しかしそれ以降次第に私たちは隅田川、東京湾へと南下を始めた。これには二つの理由があった。一つは段々と水がきれいになって湾でも魚が復活したこと。もう一つは逆に都市再開発によってやむなく釣場を変転せざるをえなかったことである。釣りと再開発には実は共通する点がある。つまりどちらも都市の空間〈あきま〉を捜し続ける宿命を背負っている。再開発はそのあきまに新しい意味〈くうかん〉を付与しようとする。しかし釣人は〈あきま〉それ自体が重要である。人間が造りだすくうかんに魚の棲む余地は少ないからである。葛西、若洲、月島と漁場を移動するごとに、数年後には決まって立入禁止の札が打ち込まれた。つまり個人的な経験では東京の釣人はこの20年ばかりずっと、都市再開発と隠れた拮抗関係にあったのだ。

幻の都市博、開発途上の臨海副都心の入口にあたるお台場公園は、この10年ばかり、私たち親子の主な漁場であった。お台場は幕府が拵えた風光明媚な砲台跡地で、行政もおいそれとはつぶせない。それに周辺の埋立地は駐車代金を請求されることもない。このルーズさが多くの人々をお台場にひきつけてきた。ママ・チャリを転がしてくる人もいれば、ベンツのワゴンで乗り込んでくる家族もいる。釣り上げたハゼに喜ぶトサカ頭のパンク・グループもいた。釣りの目的が単に魚を捕獲することならば、おそらくその群れは狩猟者特有の機能的な集団になるだろう。しかしこのイメージはお台場に集う人々の千差万別さにはあたらない。この理由には、東京の釣りが明確な収穫を約束していないことが挙げられるかもしれない。小魚ばかりで近所に配るだけの器量もないのだ。この動機の薄弱さがむしろ東京の釣りの醍醐味である。成果の保証されない行為は、何かを生産しつづけなければならない日常においては許されざる贅沢なのだ。〈あきま〉が持つ無為の力によって彼らは集まってきた。だから私はこの場所をしみじみと愛おしく思っていた。

しかしこのお台場公園、2年ぐらい前から自転車、自動車等の陸路での入場が禁止されてしまった。理由は簡単、お台場周辺を前述の再開発街区としたためで、現在この公園にアクセスするには浜松町の桟橋から45分間隔で運行される海上バスか、レインボーブリッジの専用遊歩道を1時間も歩いてたどりつく方法しかない。お台場は今どうなっているだろう。撤退を余儀なくされた釣人は、海上バスに乗って久々にお台場を訪ねてみた。
お台場は再開発の現場にかろうじて残された〈あきま〉になっていた。しかし周囲は高層マンションや巨大社屋、新交通、あるいは現場小屋で囲い尽くされ、新しく意味を付与された〈くうかん〉で窒息寸前である。平日とはいえ、公園には私一人しかいない。釣人やボードセイラーたちは何処へ行ってしまったのだろう。海上バスの船員によると、それでも土日は彼らで賑わうという。しかしボードや釣り竿片手に海上バスで通勤する彼らの姿なんて想像しにくい。限られた交通手段で果たしてどのくらいルーズな休日をエンジョイできるのだろうか。
しかし実は秘密の経路があるらしいのである。現場事務所にゆくふりをしてチェックポイントを突破、自家用車で乗りつける釣人、セイラー達が結構いるらしいのだ。とある公園関係者のこの嘆きを聞いて私はやっと合点がいった。釣人と再開発との拮抗関係は実はまだ続いていたのである。少し心が晴れてきたら、限られた昼休みを現場の職方が一人、海に向かって釣り竿を打ち込んだのが見えた。



- 2004年06月25日 - 戻る -
注目の告知
●鹿島出版会から拙著『セヴェラルネス 事物連鎖と人間』が公刊されました。表紙装丁を、岡崎乾二郎さんにご担当いただきました。綺麗です。ぜひ公刊の際はお手に取っていただければ。序文は田中純先生です。

セヴェラルネス


「批評の真髄はどこにあるのか。歴史と理論を踏まえつつ、徹底的に現状を分析すること、必要とあれば時空や知の領域を自由に行来しながら、広い意味でのコンテクストを明らかにしてみせること、そこにこそ批評の意義は求められるべきであろう。建築の分野でそのことをわたしたちに教えてくれたのは、そのあまりにも早い死が惜しまれる「ヴェネツィア派」の論客、マンフレード・タフーリであった。そして、中谷礼仁の本書が幸運にもまた、あらためてそのことをわたしたちに気づかせてくれた。
岡田温司未來社『未来』2006年7月号

注意深く、丹念に書かれた文章ながら、なんかこう、新鮮で生き生きとして見えるのは、おそらく著者自身の「驚き」を伴っているからだろう。また、本書全体に通底している、著者の「連鎖する事物」への(中略)畏敬の念には心を打たれる。自覚的に何かを作ることを志しているつもりの、私たちの多くに欠落しているのは、すでにある事物へのこうした態度なのだった。」
石川初TENPLUSONE WEBSITE

「現在の建築論や都市論には関係者の当を得た解説が少なくないが、どうしてもここから先は当事者や専門家にまかせざるを得ない、という部分が残る。これらの書物は、たとえ子供向けに書かれたものでも、それゆえに難解なのだ。「強い」専門性の石を砕く「弱い」実際的思考に貫かれた本書は、だから分かりやすくなによりもおもしろい。
植田実雑誌『文学界』2006年7月号

「本書は、事物—つねに痕跡でしかない事物—に向かい合ったとき、言葉でなにをなしうるかを改めて教えてくれる書物でもある。本書と前後して邦訳が刊行されたエイドリアン・フォーティーの『言葉と建築—語彙体系としてのモダニズム』はちょうどこの、建築について語るということはなにをしていることになるのかという古くてつねに新しい問題を扱っているが、中谷氏の書物はまさにその問いに対するいくつかの回答を示したものである。」
山本貴光作品メモランダム

未來社『未来』2006年7月号に岡田温司さんによる共感あふれる書評をいただきました。(20060703)
TENPLUSONE WEBSITEにランドスケープ・デザイナー石川初さんによる書評が掲載されました。深い読みを自分の体験にも照らし合わせて書いていただきました。 (20060627)
雑誌『文学界』2006年7月号に植田実さんによる書評が掲載されました。次第次第に社会に理解されていただいているようでうれしいです。 (20060608)
作品メモランダムの山本貴光さんに的確かつ連鎖的な評をいただきました。 (20060216)

また口絵にはセヴェラルネスの思想を端的にかつ寓意的に語る歴史的な豪華写真群を掲載しています。60年代の幻の写真同人誌 『PROVOKE』 に掲載された高梨豊さんによる”あの写真”も、収録しました。高梨さんご本人によって注意深く選定された新プリントを大変な好意で借用させていただきました。ぜひご覧ください。




連載中
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●ワンダリング・セブンティーズ(新建築社『住宅特集』)→途中で終わり

●『日本の民家』再訪(瀝青会名義/季刊『住む。』
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過去のアーカイブ(より抜き)
2004年以降のものはmoduleに投稿しています。出来のいいものは掲載していただいております。

お台場公園の攻防 1995
すまいの先生 2001
現場日記 1997
バブル・震災・オウム教 1995
旧満州国の伊東忠太 1996
平内廷臣はいかにして日本建築を終わらせたか
1998
ステンレスのバケツ
1999
住まいは誰のものか
2001
内田百間「東京日記」論 1996
戦後建築史学の射程と現代建築史研究会研究の早急なる必要性
2001
亀裂の保存 中村達太郎『日本建築辞彙』を読む
2000
歴史の中のコンバージョン
2002
空飛ぶアーカイブ
2002
都市は連鎖する
2003
デ・レ・メタリカ(金属について) 2004
宇宙人とバラック 2004
歴史の合成に関するノート 2004
おれにやらせてくれ、ビリー  ガーデン・パーティーの奇跡(ビリー・クルーヴァー論) 2004
「1パーセントについて」『村野藤吾著作集』書評 2008
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日本生活学会 第37回総会・シンポジウム・研究発表大会のお知らせ・2010年5月8日(土)
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監修・『住宅建築』2010年1月号・白井晟一を探して -Constellation-
新連載・「イチジクの葉っぱ建築論」・雑誌『d/sign』No.17 デザインと編集力
論文・「ナンドの生産性−化モノ空間のための補遺」
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3年後ものこっていた・韓国ソウルの北村のゲストハウスの思い出・2009年9月27日
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