アセテート編集者日記

アセテート編集者による日記です。
編集作業の実況中継のほか、編集者のつぶやきを掲載しています。
*editorNの日々のつぶやきはhttp://twitter.com/rheninに移行しました。ここではきちんと本の制作進行をお伝えします。また書評等も掲載予定です(091018)。

ドボクサミット紀念会に行ってみた

ドボクサミットなる書籍がでた。4月18日土曜日、池袋ジュンク堂にて、その紀年イベント(イベント中、この一、二年はこの系統の紀元0年であるという発言があった)に行ってみた(詳細はリンクページ参照のこと)。
この書籍も新しいタイプのフィールドワーカーの成果がきちんとまとめられている良好なガイドブックになっている。

この系統の「御意見番」であるらしい石川初氏の分析的プレゼンテーションは目からウロコのアスファルト(人間化されすぎたコンクリートではない)分類から始まった。アスファルト関係者−瀝青会−として感銘を受けた。そしてその後、最近のドボク的傾向に実は硬派な積極的批判(悪い意味で解釈する人は自分が悪い)を提示していた。それらの傾向と対策をチャート化しているのだが、決して上から眺めているのではなく、彼の実践がその主張を後押しする。そのプレゼに影響されてか、対談者のドボクサミットの主宰者の佐藤淳一氏も機敏にそれら流れの傾向にやや自ら棹をさすというか、くさびを打ち込もうとしていた。ただ最後、やはり内輪っぽくなるのは仕方ないのかなと思っていたところに登場したのが、大山顕。

そう大山顕氏である。ちょっと前からその潔い言動ときちっと歩き回って成果を出してくる氏の行動には興味を持っていたのだった。その後石川氏と大山氏で討論がはじまって、ちょっと会場は置いていかれたみたいだったけど、僕としては満足。

最近思うのだが、30代ぐらいの方々の(僕は年代論は嫌いなのですがあえて書こうと思います)シンポの終わり方にいつも違和感を持つ。というのは、彼らは途中いくつか反論など交えながら、最後はお互いの業績を認めあうという形で終わるのだ。昨年の11月ぐらいから見たシンポの終わり方は、すべて同じ感じ。(編集者日記に書いてある)
最後まで平行線で話がまとまらなくてもいいではないかと思っていたのだ。そういう意味で二人の会話はとても健康的なケンカだった。そうケンカは背後に深い信頼感がないとできないものではなかろうか。そう思うと、お互いを認めあいながら、最後にまとめるという終わり方は、むしろ。。。という気がしてしまう。

その後は大山さんに初めて挨拶し、かなりいろいろ話させてもらった。わけわかんないことしゃべったかもしれないと反省しきりなのだが、一つ言いたいのは大山さんの写真の首尾一貫性である。そこがいい。
僕はこの本が好き。ちょっと色調をいじって、昔の人口着色みたいに仕上げているところは自分でも時として評価が変わるのだが、判型と内容がマッチしていて完成度高い。できれば、昔の高梨豊の『町』みたいに長時間露光で大判でいってもらいたい。

(大山氏のブログより転載、無許可)



editorN - カテゴリー:Nの日記 04/19/09