2006年 1月 31日 (火)
|
期間限定公開(紀要が出るまで)→永久公開に変更(0131)・ビリー・クルーヴァー論・2006年1月31日 |
(追記0131)ようやく本が出て送られてきました。『国際人文科学研究』2005年3月近畿大学刊です。入手方法はわかりません(ごめんなさい)。ビリークルーヴァー特集の他にもいろいろ興味深くあるいは資料的価値があり、かつ愛に満ちた論考が入っています(岡崎乾二郎、津田佳紀、中谷芙二子、田坂博子、田口卓臣)。本が出るまでの限定公開としていましたが、よく考えてみたら、そんなことする必要がなさそうなのでそのまま公開させていただきます。今読み返してみたら、最近提示し続けてきた「弱い技術」と芸術行為との関連を述べたものという気もする。(追記終わり、以下は2005年12月13日のブログ)
すでにacetate005『ビリーのグッド・アドヴァイス』をお持ちの方はご存知と思いますが、60年代のアメリカの現代芸術を陰で支えた一人の天才的科学者がいました(2004年逝去)。彼はE.A.T.という組織をつくり、芸術と科学とのコラボレーションを本格的に進めたのでした。彼いなければウォホールやジャスパー・ジョーンズやラウシェンバーグのいくつかの作品は存在していないのです。
さて彼についての再評価の機運が高まり、あるところで特集の紀要を出そうということになり当方も寄稿しました。ところが残念ながら1年以上(2年近くかな)経ったにもかかわらず、まだ実現できていません。編集者の許可を得ましたので、期間限定公開します。公開先はmodule
当方初の芸術論です。心配心配。

ビリーが陣頭指揮をとった大阪万博のペプシ館の内部展示の様子

こちらは同館を霧で覆い包んだ中谷芙二子さんの霧の彫刻
追記0131 ちくはのダイアリーに施工過程の様子が逐一アップされています。全体の図面を描かず、構想を整理整頓するように組み上げていく過程が良く分かります。たとえばこういうの見てランドシップの秋山さんとかどういうか?とかいきなりふったりして。
明日から行くの楽しみです。2月3日から公開です。再追記終わり
追記0128 ちくはから今回のパフォーマンスのポスターが配られてきていたので紹介します。
「世界的快挙! ダンサーによる建築展」だって。わあ。下の専用ページでは日々立ち上がっていくなんか家みたいなものの様子が映っていて、興奮してきます。早く山口を再訪したいなあ。(追記終わり)

なんか専用ページがあったことに気づいたのでごらんください。
コンポラ・ダンスグループ「ちくは」のホームページ
ダンスパタン・ランゲージの専用ページ
「1月のログ」をさらにポチットするとたくさん提案されているのがわかります。
なんか異常に生産性あがっているみたいで、今回まとめ役のリッチーさんの腕が鳴っている様子がよくわかります。どうなるか?!!
そういえば「ちくは」という変なネーミングについて一言説明します。
「山口情報芸術センター(YCAM)で昨年3月に行われた市民参加ダンス公演「ら抜き」の出演者と,「Refined Colors」ワークショップの参加者が再び集まり,2004に有志ダンスユニット「ちくは」を結成。同年、ダンス「かつおのえぼし」を発表.
「ちくは」は,核となるリーダーを持たないユニットです.「軸が無い」をテーマに,軸に穴が空いている練り物の「ちくわ」と「軸は」を掛け合わせ「ちくは」と名付けられました.」とのことです。
2006年 1月 28日 (土)
|
特集主幹・住宅総合研究財団季刊誌「すまいろん」にて特集/住宅写真・2006年冬号発売中 |
(0127追記)
今朝ポストをまさぐったら、ようやく見本が届いていました。いやいやすばらしいすまいについての論考集です。それもオール写真家(矢萩さんは少し異なるが)による貴重な証言です。僕は彼らを現場を転がり続ける哲学者として尊敬します。ぜひその豊穣なすまいろんを味わってみてください。入手方法は下に書いてあるリンク先から申し込んでいただければ必ず手に入ります。定期購読もお勧めいたします。今号のミニシンポは高梨豊さん(写真家)と植田実さん(編集者)との対談です(一応僕も司会として入ってますが)。ミニシンポに当日来ると予約したにもかかわらず、来なかった「あなた」はとても大事な現場を見逃しましたよ! あっ、神田の南洋堂でも売っているみたい。通販対象ではなさそうですが。(追記終わり)
当方が編集委員の一人をつとめております財)住宅総合研究財団の季刊誌「すまいろん」にて特集を担当しましたのでお知らせします。特集名は「住宅写真」。写真からすまいを逆照射しようというのが目的です。豪華執筆、対談メンバーをお伝えします。これで定価500円!入手先はこちらです。商業誌ではできない特集目白押しです。かつ安いのでお勧めです。
目次
●焦点 中谷礼仁
●ミニシンポジウム 「すまいにおける写真、写真におけるすまい」
植田実(編集者)
高梨豊(写真家)
●伝統を写す 伝統を遺す 岡本茂男
●「建築写真」という写真について 宮本隆司
●小住宅小型カメラ写真論 藤塚光政
●淡路町の家 山岸剛
●写真という触媒と向き合う身体 矢萩喜従郎
そのほか
当方の口上(焦点)は以下の通りです(全文掲載→編集の方から「全然短い」と言われたのでさらに書き足し。ある写真集への愛について追記しました。)
続きを読む→
2006年 1月 26日 (木)
|
論文と鼎談・幻庵、反住器、餓鬼舎各論と植田実・塚本由晴との鼎談・『住宅70年代・狂い咲き』2006年2月 |
昨日の追記で紹介したエクスナレッジの70年代住宅特集ですが、もう宣伝あるだろうとググってみると、ありました。特集名は『住宅70年代 狂い咲き』(書名が『70年代の名作住宅15傑』から変更になりました、とのこと)です。誰が書いたか知らんが飛ばしている説明は以下の通り。
「住宅で世界を変えられるか? バイタリティに溢れ、バラエティに富んでいた70年代の日本の住宅。安藤忠雄氏や伊東豊雄氏など、いま世界的に活躍する建築家たちの若き日の住宅作品を、新たな撮り下ろし写真も含めて豊富なヴィジュアルで振り返る。野心溢れる当時の貴重な文章も再録。住宅という武器を手にした群雄割拠の下克上時代。」
いやかなり驀進しているというか、どうなるやら、この突っ込み具合は心配になります。売れる、きっと売れるよ! いずれにせよ僕にとっては70年代住宅は建築が面白いなと初めて思った原点。特にGA Houseシリーズで植田実がまとめた日本の住宅・70年代はバイブルでした。いつも本棚においてあります。
それにしても「狂い咲き」、、、ああ、『狂い咲きサンダーロード』でもあるまいに、とも一瞬思いましたが、寄稿した内容はもちろん狂い咲いているわけではありません。むしろここは一つクールに、一番濃いモノどもを、その背景まで含めながらきちっと論じさせていただいたつもりです。
また植田、塚本両氏との鼎談では、植田さんのこれまたクールで分析切れまくりの70年代住宅総括をうけて、三人で話し合いました。相手が同い年の塚本さんですから、ここは真剣勝負ということもあり、できた原稿でもその緊迫感は伝わると思います。
(若手も含めて、というか若手の方がそうなのが気になるわけですが)なんかこう、そうですよねー、みたいななれ合いあるいは抽象的で具体性に乏しい座談が多い昨今の建築業界、皆さんいかがお過ごしでしょうか(どうもきっこみたいだ)。
この鼎談では、三人とも己の立場を賭けているようなところがあって気持ちよかった。ぜひこちらもご笑覧ください。

こっちは『狂い咲きサンダーロード』石井聡互監督のデビュー作(1980)。お間違えなきよう。

こっちです。
2006年 1月 23日 (月)
|
設計作品・甲羅ホテル掲載されました。・『住宅特集』2006年2月号 |
(追記0125)
同号には、『セヴェラルネス』もいたく気に入ってくれている建築家・趙海光さんの連載最終回、村松秀一さんとの対談も載っていました。「対談 新しい質のあり方を追求せよ」です。この対談には因果があります。趙さん本人のブログなのですが、対談相手は松村先生か中谷か、で結局松村先生になったと「いけず」なことが書かれていた(2005.11.20の項)のです。どんなに傷ついたことか(笑)。おうおう、これはできたら読んで感想書いてやろうと思っていました。
で、結果的にいうと、いろいろ問題意識を共有しているということ、そしてなぜだか石山修武のやったことが、日本近代建築の中でどうもそののどに引っかかったとげみたいに未だに残ってとれていないことがわかりました。『10+1』No.41実験住宅特集での藤森照信さんと当方との対談でも、やっぱり石山−川合に行ってしまう。これはどういうことか!
ある意味それらが歴史化されつつあるということですが、絶対歴史化されないアクチュアリティーが、石山さん本人はどうであれ、ある。実は今度のエクスナレッジホームの別冊が、70年代住宅特集という思い切った企画で、当方も執筆させていただきました(2月発刊予定だと聞いていますが、まだ宣伝でていません)。やはりその執筆中も幻庵は「とげ」として残っていました。ぼくはそれを我々に関係なく生き続けているかのような意味を込めて「生きている技術」と書きました。こちらの方も超さん、読んでね。

以前に紹介させていただいた甲羅ホテル、雑誌『住宅特集』に結構大きめの記事で紹介されましたので報告します。「設計」とは名ばかりで、岡崎さんからの大きなイメージをもとに棟梁の岸本さんに、岸本さんの手を疎外しないように、だいたいの指示、図を具体的に示しただけですが、よく短期間(企画、人選から完成まで4週間弱)で仕上がったと思います。
今度岸本さん率いる吉川の鯰に僕の亡母の持っていた辻堂西海岸のすでに歴史的となったかなり初期の団地を改装してもらいます。そのときにはもう図面もひかず、端的な言葉と記号だけでどのくらい伝えられて、どのくらいの予想しなかったボーナス(岸本さんたちからのレスポンス)が来るかをやってみようと思っています。
そういえば、同記事には岡崎さんと一緒に受けたインタビューも載っています。そこで、「岡崎さんが織田信長で、僕(中谷)がちょうど羽柴秀吉」といったくだりがあります。これは今回の短期間施工を象徴的に言った言葉なので、なんか変な誤解なきようお願いします。
羽柴秀吉が一夜にして立ち上げた一夜城(墨俣城)というのがあるのです。詳しくはこちらを。木下藤吉郎と書くべきであったかな。
このころは大名たちと命をともにした戦国大工というのがいたそうな。なんかかっこいいな。
同記事にも書いてありますが、当ホテルは会期終了後も3月末まで現地に遺されておりますので、お暇な際はぜひお立ち寄りください。缶詰でもお昼寝でも何なりと。
2006年 1月 06日 (金)
|
応援講師・がんばれダンス・パタン・ランゲージbyちくは・2006年2月4日からYCAM(山口)にて |
がんばれという言葉は嫌いなのですが、何かこう「がんばれベアーズ」を連想したので。
さて山口のYCAMに招聘されて行ってきたパタン・ランゲージ授業、今回はダンス空間への応用ということで(関連記事は2005年12月25日記事)、あくまでも主体はリッチーさん率いるコンポラ・ダンスグループ「ちくは」のメンバー。建築見学後の翌日はダンスに適用できるパタンを巡って一日中セッションがおこなわれました。
ところでYCAMって磯崎さんの作品なんですね(ごめんなさい疎くて)。よくも悪くもすごい使いやすくて建築って感じがしないところが、うーん時の流れを感じるなあ(菊竹の萩市民会館と比較したりして)。セッション中の様子


皆さん期待しています。1月末にはまたお邪魔します。
続きを読む→